M女への扉

    お問い合わせ

    M女...それは性癖というより、本能なのかも知れない。

    前へ
    次へ
    1. HOME
    2. M性
    3. 現在の頁は「M女」頁です

    M女であるということ

    序章
    M女であるということ、それは自らの本能が司る、愛され方であり、愛し方。
    止める、止めないではなく、封印する、しないでもなく、現状がどうあれ、自らが望む生き方の一つ。

    M女とは

    画像:緊縛されたM女01

    辞書によると、マゾヒスト=被虐性異常性欲者とあります。
    そのままですが、マゾヒストの女性=M女と解釈しています。
    私が愛すべきM女を、辞書は「異常」呼ばわりしていることについては、甘んじて受け容れることにしています(^^)。

    別カテゴリー「M性」で綴った通り、M性がある女性全てがM女ではありません。
    しかし逆に、M女であるということは、必ず強いM性はあります。当然ですが、M性の無いM女なんて存在しません。

    私は、今まで多くのM女を見てきました。年齢がバレるので、正確な数字は言いませんが(^^)、10年とかのレベルではありません。
    そういう経験を踏まえての見解ですが、M女とは、強いM性が存在し、自己に嫌悪感さえ感じていても、ある意味に於いて、自己をコントロールし難い性癖であり、本能なのです。
    日常隠し通していても、心の枯渇は続き、性的欲求ということだけでは無く、自己の存在意義さえも不安に感じてしまう傾向もあります。

    知ってか知らずか、世間では軽々に、M女というワードを多用し、女性も自らも、「ドM」だとアピールする昨今ですが、私の見解でM女とは、性的被虐を嗜好すると共に、精神的主従関係、従属的関係を好み、現在の環境は別にして、支配されることで、自らの精神的安堵へと導いてくれることを望む女性。
    「私はドM…」と、いくら語っても、縛られることや目隠しされる事を妄想しても、それはM性の有無であって、まだM女ではないのです。

    M女とは、脳で感じる生き物

    画像:四這えのM女

    M女とは、ある意味に於いては、精神的欲求であり、本能でもある。
    ことの是非ではなく、自らを開放する”術”なのです。
    それは身体的な快楽を求めるだけのもではなく、主へ従属することからくる精神的な充足、安堵が、行為そのもより遙かに大きいということです。
    快楽の追求というレベルならば、女性がこのようなリスクを背負う必要はありません。

    快楽や苦痛という被虐にしても、被虐を受けている身体ではなく、脳が反応し、同時に反応している自分を、脳で感じる事が出来るのです。
    身体が欲求するのではなく、脳が欲求するのです。

    兎角この世界に興味のある男性にしろ、女性にしろ、その行為(プレイ)自体に重きを置いているようですが、それらは後からついてくるものであり、まずは、M女の心の根底にあるものを解くべきです。
    M女は、脳で感じる生き物。
    好意を抱き、尊敬している人に辱められる自らに昂ぶるのであって、先ず被虐行為ありきで、誰でもイイ訳ではないのです。

    M女の考察

    画像:股縄縛りのM女

    そもそも、M女はなぜ被虐を受け容れ、服従することを選ぶのか?
    そこにある快楽の為だけに、服従しているのではありません。
    手足の自由を奪われたり、声を奪われたり、辱められ、いたぶられたりといった行為自体、通常の世界では、尋常ではありません。

    M女の中にある被虐嗜好は、自分が信頼し、尊敬できる主からの被虐行為を受けることで、精神的に支配され、服従することに依って得られる精神的安堵と結びつきます。
    「被虐」→「支配」→「服従」→「安堵感」→「擁護感」→「幸福感」→「依存」という精神連鎖が、被虐嗜好の根底にあるのです。
    当然、見ず知らずの人から拉致、監禁によって、このような行為に及んで服従しなければならない環境では、安堵や擁護されている感覚、幸福感には到底、結びつきません。 あくまで信頼や尊敬という概念が、事前に存在しているということは、当たり前です。

    特徴と精神的傾向

    画像:アナル調教されるM女

    M女性全てとは言いませんが、特徴として、
    ・なかなか人を信用しない、・自らを必要以上に強く見せる、・強く見えても、・実は傷つきやすい、といった傾向が顕著です。これらは、自らの弱さを隠す為の防衛本能からくるものでしょう。

    傷つきやすいのも、弱さの表れなのです。他が一見しただけでは分かりませんが、強さを演じていても、M女は非常に繊細であり、精神的不安定に陥りやすい要素を多分に含んでいます。

    そして、一度信用した相手やパートナーには、
    ・無防備になる、・行き過ぎた依存、・自己嫌悪と精神的追い込み、などの傾向もあります。
    これらは、支配と服従という関係から陥りやすいことであり、導くパートナーにも責任があります。主従関係にあったとしても、全てに依存することなど、精神的に健全な関係とは言い難く、どこかに歪みが生じます。
    その歪みから自己嫌悪に陥り、自らを追い込んでいく思考になりがちなのです。

    ほかのカテゴリーでも多々述べていますが、SやMという世界は精神世界であり、受け身であるM女は、精神的に脆く、弱い側面を持っています。
    現実社会や家族や様々な環境下、道徳的背景や欲求など、自らのギャップとの間で精神的葛藤もあり、彼女らを疲弊させていく要因でもあります。
    又、誰にでも相談出来るような環境であるハズも無く、より複雑な内面を持つM女は、孤独な面も多々あります。
    このような理由から、M女の多くが、時折、精神的安定を欠くケースが多くみられるハズです。

    ネガティブに聞こえる要素を、多く述べて来ましたが、良き理解者(パートナー)さえいれば、ネガティブな要素を全て払拭し、幸せで、充実した関係を築いている方達も大勢いらっしゃいます。
    お互いを認め合え、必要とされることに依って、自己の存在意義を確認し合えることは、マイノリティーな、このような世界では、とても重要なことです。
    それはM女の側だけのことではなく、S男性にも、そのまま当て嵌まります。
    本当の意味での良き理解者(パートナー)は、それこそ、この世で唯一無二の存在と言えるでしょう。

    Author

    ページのトップへ戻る